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自分が『これは完璧だろう!』と思って作った物だとしても、他の人が『いや、これは……』といった反応をしたら悲しい。それは非常に悲しいことだ。
理解の差異っていうのは、こういう面において非常に重要なんじゃないかと私は思う。結構イイ線いったなぁ、とか思っても向こうがダメだって判断したら、それはきっとダメなんだろう。たぶん。
でも、逆に考えたらこれは絶好の機会なんじゃないかな? とも思う。
だって相手を納得させられるような発明品を作ったら、きっと相手はスゲーって感心すると思うし、悪いことなんて何も無いはずだし。
問題は万人向けにしないとマズイってことくらいかな。百人いたとして、一人は大満足でこの発明品に賛同してくれたりしても、残り九十九人が否定したら、さすがにそれは問題だと思う。まぁ、それが何に対してどんな役に立つかってのにもよるけど。
とまぁこんな感じに考えていたとしても、まずは『誰が何を必要としているか』というのは重要なんじゃないかと。その理由があれば希望通りの発明ができるかもしれないし、聞く事によって次への進展できる道が見つかるかもしれない!
って考えるのはいいんだ、考えることだけは。問題はそれが聞けるほど友人がいないんだよね……根本的なところでこれだもんなぁ。どうしようホントに。
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妖怪の山は今日も平和である。
ちょくちょく細切れにトラブルは起こるが大体は天狗一派が処理をするか、取るに足らない程度なら自然消滅する。もしくは、どこから嗅ぎつけたのかわからいが麓の巫女かそれに 近しい実力を持った人間やら妖怪が進んで解決してくれる。
そんな光景も見慣れたものだ。
昔は妖怪の山にいる限り人間などほとんど見ることはなかった。仮に誰か見つけたとしても話しかけただろうか。出会った妖怪によって、彼らの運命は決まるといっても過言では無いだろう。
運が良ければ無傷で自宅に戻れる。
運が悪ければ、まぁそれっきり。
その残酷で公平で合理的な事暦があるからこそ、恒久の治安があったのだ。
現在は見かけると言うほど頻繁に目撃例があるわけではないが、まばらにいることはよくある。姥捨てとか、人身御供なんて場合もあるが、多くは健常者だ。そして“妖怪の山”という聖域と知って入ってきたが、特に悪意も無い者たち。
とはいえ、昔からひっそりとした世界だったから、見つけても話しかける妖怪も少ないといえば少ない。
ある妖怪は他の一部と同様に、人間を見つけても、事なかれ主義で気にしなかった。いや、正確には『興味はあったが勇気がなかった』と言うべきだろうか。
人見知りという性格上、好奇心が勝るのだがどうしても話しかけることが出来なかった。怖いとか恥ずかしいとかじゃなくて、じぶんから率先して前に出て話かけるという一連の行動がどうも苦手だった。
巫女や魔法使いなどによく遭遇するようになってからは、その苦手意識みたいなものはちょっとずつ消えていった気がした。
いわゆる食わず嫌いのようなものだったのだろう。彼女らと話しているうちに、何故自分に勇気がなかったのか逆にわからなくなってしまった。
人間は盟友。
その妖怪は昔から人間に対してその信条を貫いてきた。
盟友とは固い絆で結ばれた同志である。同志に対して何をもって話しかける勇気すらも出なかったのか、疑問は尽きない。少なくとも、はるか前の自身よりも変わっている、話かけても、集団の人間の前に突っ立っていても、平気になった。
「……うーむ」
河城にとりは、住処である川のほとりの地べたに大の字になっていた。いつも背負っているトレードマークのバッグを枕がわりに、さながら昼寝にも見える形で。
妖怪の山は平和である。今日も特になにをすることもない。ただ空を見上げてこうして横になっているだけでも一日が過ぎる。
「青いなぁ」
吸い込まれそうなほどの蒼穹を仰ぎながら、当たり前のことを一言。無意味に横になりながら出る言葉もさらに無意味だ。
喧騒も何も無いここに、無意味に発せられた一言が溶けて無くなる。まるで自然と一体になったような気持ちで、無限に流転する空と雲を見つめて。
河城にとりは、そういえばどうして私は横になっているのだろうか、なんてことを考えていた。夏の午前中は随分暑いものだが、足の近くには水辺があり、この周辺は落葉広葉樹林が日光を遮ってくれるのでむしろ涼しいくらいだ。
暖められた地面と涼しげな日陰の微妙なラインが妙に心地良くて、ついつい横になってしまったのか。それとも誰かを待っていたのか。
いずれにせよ、彼女はここで横になっている。
「たまには外で横になるのもいいもんだ。春めいた頃がこういう場にふさわしいけど、まぁ夏でもここならね」
ちょっと首を横にずらして、日陰を形成してくれる落葉樹を見やった。重みで若干しだれた、まだ青々としたモミジやナラの樹木。あともう少し季節が過ぎれば、ここも赤や黄色の落ち葉とドングリで装飾されるだろう。
「川の中からもはっきりとこの景色が見えたらいいのに」
春はツクシが芽吹き、夏にはホタルがきらめき、秋は葉が落ち、冬は細雪が降る。その移り変わりも全面水色の水中からは見ることが出来ない。毎日見てるからこそわからない風景なので、たまにこのようにじっくりと眺めると、その大きな変化に気づかされるのだ。
そう思いながら、にとりはただ空を目に焼き付けた。
「さて、っと」
日陰からバネのように上半身を起こし、体を天に向かって思いっきり伸ばした。
「よーしっと、何か作っちゃうかなー」
横になった後に体を伸ばすと、なぜだかスッキリしたような気分になる。筋力がほぐれるからだろうか。
枕にしていたバッグに手をかけると、フタを開けて逆さまにする。リズミカルに腕を上下に動かすと、それに謎の銀色のメカメカしい大小の物体が次々になだれ下りてくる。ネジであったり、何かのパーツ的なものであったり。最終的には風呂敷でも広げたくらいの範囲にたくさんのモノが転がった。
実に緑色の地面にふさわしくない色合い。無機質と有機質が激突している。
にとりはすっからかんになったリュックをポイと放り投げると、とりあえず手の届く範囲に転がってるモノを手に取った。
「コイツとコイツで……ふむふむ」
むぅ、とにとりは小さく唸った。
ここに散らばっている鉄部品でどんなものが作れるのか、手に持っている部品や目下の部品を互い違いに見比べながら思慮し、目をつむって脳内にビジョンを投影する。
「んんんんんん浮かんできた! これだ!」
それからわずか数秒。ほとんど即答に近い形でにとりは叫ぶ。あまりにも大きな声だったので、背後のほうで鳥が一斉に飛び立つような音が聞こえた気がした。
「おっと、そうだそうだ。忘れないうちに書いておかなきゃ」
何かを思い出してはっとしたにとりは、すぐに尻ポケットに入れてある小さな本を取り出した。手帳というよりはあまりに簡素で、さしあたりそのサイズに切った紙をヒモで本の形に束ねただけのようなものであった。表には大きい字で『か』と描いてある。
次いで胸ポケットから巻き簾に包まれた細い物を取り出して開くと、中には筆が入っていた。
にとりは左手で持った手帳を器用に指で開くと、右手の筆で何か書き始めた。不思議なことに筆には墨の痕跡などまったく無いのに、紙には普通に字が書けている。
「書くと自動で墨が出てくる筆――うむ、便利だ。我ながら惚れ惚れするね〜」
さらさらと筆で文字をなぞり、黒いにじみが形をなして追随してゆく。
にとりは分解と構築が好きだ。既存の製品を分解して緻密な内部の覗くのが好きだ。x直感にまかせて一から図面を引いて新しい物を想像するのが好きだ。
自らが発明した、おそらくまだ誰も手にかけていないであろう品物を使用して悦に浸る。それが発明好きとしての自身であり、発明に絶対的な自信を持っているという点では何も間違っていないのだから。
「――って余計なこと考えてたら後半何書くか忘れちゃったよ。まぁいいか」
思いついたことを勢いで書いていたので、余計な思考を挿入したら残りの部分が完全に飛んだ。書こうとしているのにわからないという事態ににとりは眉をひそめたが、なんとかなるだろうとすぐにケロッとした態度に戻り、筆を再び入れ物に収めてポケットにしまった。
「ま、半分以上完成図が頭の中に浮かんだんだから、作っているうちに思い出すねきっと」
うんうん、と腕を組みつつ脳内で自己完結する。図面から新しい物を作るのが好きにしてはこの辺りはかなりアバウト。
それでもちゃんと作れれば精巧な物質が作れるので問題ない、と本人は思っている。
「さーてとー、まず動力から作ろうかな。面倒だから適当に手回し発電動力とかでもいいかなー」
本の墨がすぐ乾くように何度か息を吹きかけて、そっと閉じてから自分の横に置いた。にとりは目の前のガラクタのような小物を鼻歌まじりで次々に手に取った。
これはどんな物が作れるか、あれを作るにはこれを組み合わせようか、そんな感じに頭の中で創造するだけでも胸が躍るような気持ちになる。
決して一から百を作り出そうとしているということではなく、今まで図面を引いたものを再び作ったり、あるいは図面同士で衝突しない部分を掛け合わせて新しい物を誕生させたりするわけで。つまりはそういうことなのだ。
「おっと」
部品をとっかえひっかえ見比べていたにとりは、はっとした表情で何かを思い出したように一言呟く。
「しまった、材料が足りないや」
あーあ、と半ばあきれ気味に口からこぼれた。
選別したのではなく適当に持って来たので、特定のものを作ろうとしてもネジなどの繋ぎのパーツとか、パーツがあっても繋がれるはずの部品がないとか、そんな感じに半端にしかモノが揃っていなかった。
「なーもー、めんどくさいなー。さすがにまた取りに行くのもなー」
まぬけな声を上げながら、にとりはその場に再び大の字になった。
今日は日差しも良いし、なんとなく気分で道具類を持ち出してきた。ほとんど散歩に行く程度の気持ちで持てるだけのモノを持って来たものだから、わざわざ重要な部品を取りに戻ってまでここで組み立てる理由が無い。
それに、わざわざそんなことをするくらいだったら荷物まとめて家に帰って作る。とはいえ、せっかく運んだのにそのままに元の通りにして帰宅するのも労力の無駄である。
「うーむ」
にとりは考える。はてさてこの場はどのようにして動けばいいのだろうか、と。
急ぎもせず、斯くて悩みもせず。淡白な青色天井をただ眺める。そのうち彼女は、なんだか考えるのも面倒になってきたから視点だけで雲の流れを追ったりした。
ともかく何も考えずに前だけを向いていた時。
――ヒュオン
「んお?」
蒼く広がる視線の先を、黒い一閃が刹那に遮った。本当に一瞬だったために、まぶたをまたたいた時には元の青い空しか映っていなかった。
「鳥かな」
でも空気を切る音と共に飛ぶ鳥なんていないか、と自己完結。鳥じゃなくとも飛べるやつなんていくらでもいる。何が飛んでいったなんて、最早些細な問題でしかない。
そう思っていたら、また黒く飛ぶものが視界の端っこから進んでくるのが目に映った。今度は先ほどよりも緩やかな速度だった。
黒い点はだんだんと視点の中心まで進み、そこで止まったと思ったら少しずつ大きくなってきた。何かが近づいてきていたと理解した。
そのまま寝転がった状態で見つめていると、それが人型であるということがわかった。黒く見えたのは逆光などではなく黒っぽい服を着ていたから。黒とは関係ないが、ついでにホウキにまたがっているということも。
人型のそれは地面からわずか一メートルほどの高さまで降りてくると、その場でホバリングしてにとりのことを見下ろしてきた。
「おっす」
ずり落ちないように魔女が被りそうな黒い帽子を手で押さえて挨拶してくる。ブロンドヘアーに笑顔を乗せて。
にとりは右手だけくいくいっと動かしてその挨拶に応じた。
「やぁ、魔理沙じゃないか」
「はいはいおはようさんっと。そこいら辺通りかかったらバカでかい声聞こえて何事かと思ったぜ。ま、大方予想はついていたけどな」
魔理沙という少女はホバリング体勢からゆっくり着地すると、またがっていたホウキから下りて、それを棒を担ぐように肩にかけた。
彼女、霧雨魔理沙はおそらくにとりがかつて久方ぶりに出会った人間であった。正確には当時は博麗神社の巫女も一緒だったが、ちょうど妖怪の山の山頂に神社ができて間もない頃の出来事だ。
折りしもその頃は、神聖な山に人間が神社を建立したという理由からなのか不明だが、一部の妖怪が非常にピリピリした状態になっており、その中で無謀にも興味本位で乗り込もうとしたのが荒唐無稽な彼女ら二人。
久しぶりに人間と会ったにとりは危ないと忠告はするも聞き入れられず、最終的には光学迷彩まで破損するという踏んだり蹴ったりな結果に終わった。
が。
後日、その技術力を面白がった魔理沙が再びにとりの元を訪れてから、彼女は良き友人となった。
これ以降はちょくちょく一部の人間とは出会うことがある。山頂の守矢神社の面々もそうだし、博麗神社の巫女もたまに。あとは人形遣いやら魔法使いやら、“ヒト”の部類に属する連中との会話も増えた。
結果論だけで言えば、存外おいしい結末になったと言えよう。
「んで、何しているの?」
「見てわからないかね、空見ながらぼーっとしてるのさ」
にとりは右手で蒼穹をビシッと指差し、かと思ったすぐに腕を戻して大の字の形に戻った。一方の魔理沙は、寝転がる彼女の横に腰を下ろした。
「空ねぇ。面白いか?」
「いや全然」
「じゃあ何で見てるんだよ?」
「暇だからかな。でも、全然面白くないけど、たまに数分眺めるくらいならむしろ逆に面白いくらいだ」
禅問答のような答えを提示すると、にとりは上体をむくりと起き上がらせた。ずっと横になって肩が凝ったのか、んー……と無言で唸りながら両腕を天高く伸ばして疲労を逃がす。
「まぁ、空眺めたところで何か始まるってわけでもないのだがね」
聞こえないように、静かに、吐き捨てるように最後に空を見ながらそれ言って、にとりは嘆息した。
白黒衣装の魔法使いの耳にはやはり届いていなかったのか、別段彼女からリアクションが帰ってくることもなかった。それよりも、彼女は辺りに散在する有象無象の意味不明機械パーツに目が行っていた。
「こりゃまたすげぇ量のガラクタだな」
「おいおいガラクタはないでしょうにガラクタは」
空を眺めていたにとりは、それは聞き捨てなら無い言葉だと瞬時に魔理沙のほうに顔を向けた。そして、手近に転がっている一個の物体を拾って、指で示しながら言葉を重ねる。
「たしかに、個々は正直役に立たない部品群かもしれない。でも、これを束ねて一個にるすことで百個なら百個、二百個なら二百個全てが、その一個の中の細胞として全力で役に立つのさ。今はまだこの状態だけどさ」
すらすらと続く説明を半分聞き流しながら、魔理沙はうんうんと小刻みに頭を縦に振って相槌を打った。
「三人寄れば文殊の知恵、って理論はよくわかった。でもこんな沢山の変なの組み合わせて、本当に役立つものができるのか?」
「できる。けど、今は部品が足りない。家から取ってくれば問題ないからちょっと行ってくる」
さっきまで面倒くさいとか思っていたのはどこへやら。発明家として名誉に関わる発言をされたことに対して、にとりはすっくと立ち上がると川のほうへまっすぐ向かって歩き出した。
ここで役に立つものを作って、あっと言わせるために。
「あ、そういえばお前の家って水の中じゃなかったか? 持って来るってどうやって……」
部品を持ってきたら濡れて使い物にならなくなるんじゃないか、そう魔理沙は考えた。
それを思っただけで口に出さなかったのは、思った時点で散在しているメカメカしいガタクタのことを思い出したからだった。
如何にも精密機器のように見えるこのパーツ群こそ濡れてはいけないものではなかろうか。一度水浸しになって乾かしたという風でもないし、それではそもそも組み立てたところで役には立たないだろう。
ところが彼女は手ぶらでまっすぐ水際に向かう。袋なども持たずに。
そして、あと何歩か踏み出したら水に足を突っ込むという場所で足を止めると、にとりは背後を振り返ってこう言った。
「ふっふっふ、甘いね魔理沙くん。私は妖怪だよ?」
にやりと口元を吊り上げてキザっぽく笑い、首を戻して水面を見つめると。
――ズオオォォ。
川のほうから、轟音と共に何かが水のしぶきが飛び跳ねた。何事かと思った魔理沙は思わずその場に立ち上がった。
轟音はまるで、地面の上を大きなシャベルでざりざりと地面を掻き進んでいるようにも感じで、そこに鉄砲水のように一気に水が流れるときのような音を加えた風に聞き取れた。
数分もすると完全に尾を画止んだので、彼女はゆっくりと河童の後姿に近づくと驚愕した。
「おぉ、なんだこれ! なんでここだけ水無くなっているんだ!?」
川幅五メートル、水深は一メートルはあろうかというその川は、にとりが立っている目の前だけ正円状にぽっかりと水が無くなっていたのだ。大きさ的には畳二枚分くらいだろうか、人一人がそこに立って両腕を広げても水に触れないくらいのスペースはある。
無くなっているといっても川幅が川幅なので他の箇所は流れているが、そこにまるで最初から“流れがなかった”かのように水が引き、川底の砂利と石が白日の下に晒された。
「これでも一応は『水を操る程度の能力』を持ってるしね。川の流れを止めずに地面を出すくらいお茶の子さいさいってものよ」
とにかくすげーすげーと子供みたいにはしゃぐ魔法使いを尻目に、にとりは若干得意げに語る。
「あとはこんなのもある。ポチっとな」
続けざまににとりはポケットから何かを取り出した。黒くて四角い箱のようなもので、真ん中には丸い形の赤いボタンがついており、口では話しつつ指でこれを押した。
すると、小さな虫やごつごつした石ばかりあったはずの河床は、ノイズが発生したように一瞬姿を歪ませて、次の瞬間には銀色の未来的な外観の四角扉になっていた。
円柱状に水が無くなり、下にはオーバーテクノロジー風味の扉があるということでその異常さに拍車をかけた。
魔理沙は色も形も変えてしまった河床を首を伸ばしながら覗き込んだ。
「川底に……えっと、扉かこれ?」
「ああ、この服の光学迷彩を応用して、家の入り口にも使ってみたのさ!」
えへんと、胸を張る。相当自信作であるのか語尾も微妙に強かった。
服に使用しているくらいならそれ以外にも使ってそうな気がしたが、予想通り彼女は別なことにも使っていたようである。
「これで泥棒も侵入することを頓挫するだろう! 間違いない!」
「いや、さすがに川の中まで泥棒は入らんだろ。あとお前の発明品取って得する物好きな泥棒もいやしないだろうし」
「む! また私の発明品をバカにして! よーしわかった。じゃあ今からあそこに散らばっているやつですごいのを作ってみせるよ」
魔理沙が変な茶々を入れたことにより、負けん気が強いにとりはさらに対抗心を燃やしたのだろうか。
いや、別にいいから――と断ろうとしたが時既に遅く。
「今にすんごいの作ってみせるんだから、ちょっとばかし待ってなよ!」
最初にガタクタ扱いした時よりも強く反論すると、再び手に持っていた赤いボタンを押した。ウィンウィンとこれまた機械的な音を撒き散らしつつ上下にスライドしながら扉が開き、中にある階段が直射日光の下に晒される。
と思ったら、急にきびすを返して寝転がっていた場所まで戻ると、パーツ同様に放置していたリュックを拾ってそれらをぽいぽいと放り込む。周りのものを全部集めたと思ったら、また川岸に戻る。挙動が安定していない。
すっかり様変わりした川の中に脚を一歩足を踏み入れると、もう一度にとりは魔理沙のほうを振り返る。
「驚いて目がくらんで、さもなきゃ仰天するよ?」
そう一言告げ、爽やかな笑顔を振りまきながらあまり奥の見えない階段に足を踏み入れてそのまま入って行った。
川の近くにいる人型の者は、白黒衣装の魔法使いただ一人になってしまった。
「まぁアレだ、技術はすごいんだよな。技術だけは」
その方向性が大いに問題だ、と言いたかったが口の中で噛み砕いて飲み込む。彼女の反応に微笑ましく、かつ馬鹿馬鹿しいと思いながらその背中を見送った。
◆ ◆ ◆ ◆
「あっちー……」
にとりが自宅に戻ってから約十五分かそれくらいの時間が経った。
魔理沙は近くの手ごろな木にもたれかかり、被っていた帽子をうちわの様に使って煽いでいた。木陰で風が吹いているとはいえ、まだまだ残暑が続いている時期でもある。
いつもは窓を開けた涼しげな部屋にいるか、外に出てもホウキにまたがって空を飛び風と共に遊覧する……そんなクールダウンしているわけで、暑い中棒立ちしているのは非常に耐えがたかった。
何故律儀にも待っている必要があるのか、それは彼女自身もよくわかっていない。
「外で突っ立てるだけってのは辛いな」
今すぐにでも飛んで帰りたいくらいだったが、そうしてしまうとあとで何を言われるかわからない。中途半端に純粋なので泣かれることだってあるかもしれない。
それはそれで波風が立ちそうなので少々ご遠慮願いたい。
「でけたー!」
余計なことを考えていたら、正面にある空間のひん曲がった川の一部から喜悦の声が上がる。どこかで聞いたことのある声だ。可能性としては一人しかいないが。
魔理沙は重い首を正面に向けると、リュックを背負ってスキップしながらその姿を現した。
河童の少女はそのステップを刻みながら木陰に入り、ある程度魔理沙に近づいたところで動きを止める。
「遅いっつうの。もう帰っていいか?」
「まぁちょっと待って待って。せっかく作ってきたんだから少し見てってよ」
まぁまぁ、と両手を突き出してジェスチャーするお調子者の河童。とりあえず言い終わるとすぐさまリュックを肩から下ろして、フタを開けて手を突っ込む。
間髪いれずにすぐに腕を引っこ抜くと、そこには先端に刺又のようにU字型の部品が付いた腕の長さと同じくらいの棒が握られていた。明らかにリュックに入りきらないサイズだったが、まぁ彼女の場合はそんな物がその中から出てきたとしても“仕方ない”の一言で済ませられそうに思える。
「これを使えば、ほーら遠くの物も楽々に取れるんだ!」
そう言って、にとりは棒を枝の茂みに向ける。枝の位置がそれほど遠くではなかったため、U字の部分はすぐに茂みに届いた。そして次の瞬間、U字の部分がまるで人差し指と親指が物をつかむ動作をするように動き、茂みの中から葉っぱを一枚はさみ込んだ。
一葉をつまんだままちぎると棒を降ろして、余裕の表情で魔理沙の目を見た。
「どう?」
「どうって言われてもな」
何を言えというのか。魔理沙は非常に困った。それ以前に感想を求められるとは考えていなかった。
「遠くがダメなら、そうだ、今みたいに枝に引っかかった帽子や凧を取るとか」
「飛べばいいじゃん」
「あ、それもそうだな……」
実に文字通りそのままの言葉でツッコミを入れられて、にとりは変なタイミングで論破されてしまった。
そもそも、さっき散らばっていた小物部品には手の形を構成するものや棒なんて無かったがどうやって組み合わせて作ったのか、はなはだ疑問である。
口をへの字にして、U字を閉じたり開いたりカチャカチャ動かしていたが、あっ!とひらめいたような表情をした。
「じゃあこっちだ」
ポイっと棒を背後に放り投げる。辛うじて川には入らなかったが危なっかしい。この河童は自分の発明を大事にする気があるのか、わりとモノを大事にするタイプの魔理沙は彼女がどっちの姿勢を持つ妖怪なのかいまいち理解しがたかく感じた。
そうこうしているうちに、にとりはまたもやリュックに手を突っ込んで中を弄り、新たに別な物体を取り出した。
それは四角い箱、上下に半透明の長方形をした箱がくっ付いている形をしているが箱とはこの間にはおろし金みたいな金属が付属しており、半透明透明のまわりにも小型の機械がまばらに装着してあった。
なんとなく、何かを削るようなものなのだろうな、と思いながらも魔理沙は何も言わなかったが、先ににとりは得意げに説明を始めた。
「これはキュウリを入れると全自動で千切りにしてくれる機械さ!」
想像通りだった。
しかも用途の幅が極めて狭かった。
「キュウリくらい普通に切れって」
「わかってないなー、こういうのは手順を簡単にするためにあるんだから、それくらいでも短縮できて当然さ」
さも当然と言わんばかりに片手に全児童千切り箱を持ち、そう言いたげな顔で言い切った。
じゃあさっきの伸びる手らしき物体は何だったのか。疑問が尽きない。むしろ、先ほどの棒のほうがよっぽど汎用性に富んでいるようにも思えるくらいだ。
「わかったよ。じゃあ次にこんなのはどうかね」
にとりは次の発明品を見せるために、今度は棒のときと違ってゆっくりと地面に置いた後またしてもリュックに手を入れた。外見はチープだが外側に機械がついているからなのかどうかは不明だが、たしかにこれを放り投げたら壊れそうだ。
「まだあんのかよ……」
二連続で微妙な評価にしからならないものを見せ付けられ、さらにこの暑さで気だるいものだから魔理沙の気分はすっかりブルー。早く帰らせてくれという諦めにも近い気持ちでいっぱいだった。
二度あることは三度あると昔の人は言ったものだが、うまい言葉だ。
それとも三度目の正直になるのか。
げんなりした気持ちになっている魔法使いを余所に、またにとりはリュックから手を取り出した。
「じゃじゃーん」
今度取り出したのは、同じく黒くて四角い台っぽい部分が付いている何か。箱の真ん中には、何かをはめるような数センチメートルくらいの下がすぼんだすり鉢状のくぼみが日撮る。あとは脇にまた刃が備え付けてある。
もうこの時点で大方予想がついた。
数十秒前に似たような形の器具を見たのだから。
「これはね、キュウリを入れると皮と身をキレイに分けてくれる機械さ! いやぁ〜皮をかつら剥きにするまでの改良は苦労させられたよ」
「あー……」
寸分違わず予想通りだった。あまりにセオリー通りの展開に持って来たわけで、的中に近い想像を浮かべていた魔理沙は良い意味で言葉を失った。失笑を言ったほうが近いだろうか。
しかも、今度は切るではなく『削る』、しかもかつら剥きときたものだ。役に立つとはどの方向で言ったつもりなのか、誰が得をするのか。理解できない。
「わくわく」
「いや、あのさ、別にもう批評する言葉も無いんだけどさ」
「がーん」
子犬と並んだらどっちなのかわからなくなりそうな輝く瞳で見つめてきたが、人間としてこれはダメだと思った魔理沙は答えることをやめた。
にとりはかつら剥き機を片手に持ちながらがっくりと肩をうなだれた。背後には妙に重たい空気を積んだ灰色のオーラが浮かんでいるのが、まるで手に取るようにわかる。
たまらず魔理沙も多少フォローしようと声をかけた。
「もっと汎用性というか、全体的に役立つものを作れよ。何か色々あるだろう?」
すると、にとりはゾンビみたいな動きでのっそりを首を上げて。
「役に立ってるよー、私の」
後腐れの無い表情で言い放つ。
「お前だけ得してもしょうがないだろう!? いやお前が得したって別に構わないんだけどさ!」
「えー便利っていえば便利じゃないかー!」
「目ェ大丈夫かお前」
己の発明品に絶対的な自信がある。まっすぐ見つめた曇りなき瞳が物語っている。意味がわからない。
遠くの物を取る棒はともかく、キュウリしか剥けない機械に切れない機械で、何が便利でどう役に立つのか詳細に説明を要求したい、特にキュウリ剥き機。
そんな感じに魔理沙の中では言いたいことが山ほど、文字通り山ほど幾重にも積み重なって行った。口に出したところでどうとなるわけでもない。
どこの何がダメかという点について理解に乏しいにとりは純朴な表情で、首を傾げつつこんなことを問いてきた。
「それじゃあ魔理沙はどんなのが良いと思うんだい。私の良く知る人間代表として客観的な意見を聞きたいんだけど」
「私が人間代表ってどんなに狭い友好関係だよ……」
本気で何がどう“便利”なのかという点についてわからないらしい彼女に対し、胸のうちではやれやれと思いつつも、自分の思う便利さについて手振りをつけながら言及した。
「例えばそうだなぁ。今日こんなに暑いだろ? まぁ真夏よりは暑くない。だが、農作業とかしてる人たちは相当熱いはずだ。この暑さを和らげるための涼しい風を送る機械とか、外にいても冷たい水がいつでも飲める機械とか、考えつくものだけでも一杯あるじゃないか」
いわば理に叶った便利さ。
それは生活などにおいて、少なからず自分の補助として手足となってくれる。それが魔理沙なりに考える便利という価値観。
これが彼女の考える利便性というものだ。客観的な意見を、と提示したにとりは顎に手を当てたまま難しい表情で聞き入る。反駁も無く静かに。
暫し鳥の声とざわめきだけしか聞こえない無言の空間が続き、そしてにとりは電撃に打たれたように急に声を上げた。
「な、なるほど。そういう考えもあるのか!」
反応するまでにかなりの間があった。
「普通考えるけどなこれくらい」
何故思いつかないのだと言わんばかりに哀れむ目つきでにとりを見る。ここまで言ったところで彼女はやっと納得する結果を受け入れたのか、真剣な目つきでふむふむと頷いた。
河童への説法が終わると、魔理沙はうちわ代わりの帽子を頭に戻し、近くに立てかけておおいたホウキを取ってまたがった。おそらく帰るつもりなのだろう。
「もう疲れたから私帰るぜ。じゃあな」
「ああ。んじゃ、またねー」
やる気無さげに軽く手を上げると、ふわりと体が浮かび上がってすぐに森の枝群よりも高い場所まで上がり、最初に見かけたときのような目にも留まらない速さで去っていった。相当帰りたかったのだろうなぁ、とにとりは思う。暑い中待たせたのだから仕方ない。
それと同時にもう一度にとりは考え始めた。
「ふむ。便利と感じるのはみんな違う、そして何が役に立つかもヒトそれぞれってことか……」
思わずその部分が口から漏れた。
自分は非常に便利だと思っていたものは、はたして役に立つものなのだろうかと。たしかにキュウリが食べれない人にとってみればさっきのはガラクタでしかない。とすると、万人受けはしないはずだ。
にとりは悩む。
人間は盟友だ。同じ志を持ち、互いのために協力する仲間だ。
決して人間のために発明をしているわけではないが、客観的な人間からの感想として『人間にとって意味を成さない』と一蹴されてしまったことにはいろいろと考えさせられる。
にとりは思う。
そう、便利とは自分だけの楽しみではない。それは娯楽ではなく利器であらなければいけない。そして、里の人間は自分のようにハイテクな生活ではなく、質素というか自然と一体になった生き方をしている。
人間は盟友だ。
盟友なら、技術者としてなら、便利で役立つという言葉を形にしなければいけない気がする。自己満足ではなく、持っていて良かったと思えるくらいでなければ良いはずなのだ。違っていたとしても、今のにとりにはそう思えた。
「とりあえず書いておこう。あとはそれからだ」
今思った事を、忘れないようにお手製のメモ帳の中に書き込んでゆく。意識しているつもりは無いが自然に筆が強く、速く動く。
にとりは負けん気が強い。
これはダメだと言われたのなら、だったら良いと言われるまで作り続けて試してやろう。そして、これを使って良かったと言われるような便利なものを作ろう。作ることしか考えられないならそうするべきだと考えた。
「具体的にどうしたら良いのかわからないけど、とにかくやる。今やる。すぐやる。これしか無いね」
知識が詰まった頭の中で、思惑をめぐらせては悟ったように軽い笑みを浮かべる。
そして墨をじっくり乾かすことも無く手帳を閉じた。